今はもうなくなってしまったのだけれど今池に「糸満」という沖縄料理店があった。すんげえ古い雑居ビルの地下で、おばあが一人でやってる小さな店だった。たぶん名古屋じゃいちばん古い沖縄料理店だったんじゃないか。
沖縄料理とは言うもののソーメンチャンプルやてびち、ジーマミ豆腐があるくらい。沖縄そばに至っては乾麺を使ってた(これはこれで旨かった)。昨今の本格的な味の店とは雲泥の差があるけれど、僕にとっての居心地はどこよりも良い店で、数少ない「居場所」の一つだった。常連はいわゆる「面白い人」ばかりで、沖縄民謡やってたり同業者だったり。ここで得た人脈は、後の僕の人生に、計り知れないほどの影響を及ぼしている。
常連客が企画した沖縄ツアーの最中。民家で酒盛りをやっていると、一人の老人がやってきて島唄を歌ってくれた。それが島唄の神様と呼ばれた嘉手苅林昌さんだと気付いたのは、ずっと後のことだった。
結婚して名古屋に出てきて、糸満との物理的な距離は近くなった。しかし皮肉なもので、距離と反比例して(家庭を持ったが故)店に行く機会はぐっと減ってしまった。そうこうしているうちに雑居ビルが取り壊されることになり、糸満はなくなってしまった。
糸満が閉店してから5年くらい経っただろうか。先日、とある沖縄料理店で「糸満同窓会」が開かれた。今は隠居しているおばあを囲んで、たまには糸満の元客が集まっておばあと楽しく過ごそうという企画だ。
土曜はゆいとのおけいこデーなんだが、無理矢理時間をこじ開けて同窓会に足を運んだ。
そこに座っていたのは、なつかしい、変わらない笑顔のおばあだった。
バックの三線をまるでカラオケがわりに歌うおばあは、照れ照れだった。そういえば糸満にあったカラオケは今は亡きVHDだったっけ。
三線片手の唄者が入れ替わりたちかわりステージに立つ。夕方の早い時間から泡盛を飲み、昔を思い出しながら島唄の調べに耳を傾けた。いい時間だった。
その足で名駅に向かい、パンソニさんの飲み会へ。夏限定営業のビアガーデン再び。ビールを飲み飲み、肉を焼き焼き。2次会は名駅裏のあやしい台湾屋台という最近お決まりのパターン。終電に駆け込むまで、大声で笑い、ちょっと真面目に語り、来週に迫った横浜パンフェスへの気勢を上げた。新人さんも楽しく過ごせたかな。
糸満とパンソニは僕の中では1本の線でつながっている。自分の中の「音楽的なルーツ」という線だ。それは自分でつなげたものではなく、恐らくは周りの人が寄ってたかってつなげてくれたものだろうと思う。
今こうして愉快な仲間に囲まれて、へたっぴながらも音楽ができるのは、あのとき糸満で泡盛を飲みながらくだらないことを話し、ノイズの入るVHDのカラオケで沖縄民謡をみんなで歌っていた時代があったから、かもしれない。
面白くやろうぜ、面白く。
これまでも、これからも。
posted by ani at 09:22| 愛知

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